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名古屋高等裁判所 昭和39年(く)40号 判決

抗告人 桜井紀 外四名

決  定

(抗告人氏名略)

右の者等は、名古屋地方裁判所に係属中の被告人片山博ほか一三一名に対する騒擾等被告事件について同裁判所が昭和三九年一〇月二七日に言い渡した裁判官忌避却下決定に対して適法な各即時抗告の申立をした。それで当裁判所は、次のとおり決定をする。

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

抗告人桜井紀の抗告の趣意は、同抗告人作成名義の「即時抗告の申立書」と題する書面の記載のとおりであり、抗告人永田末男、同伊早坂竹雄、同百々大吉および同金仁祚四名の抗告の趣意は、その四名共同作成名義の「即時抗告の申立」と題する書面の記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。これらに対する当裁判所の判断は、左記のとおりである。

所論にかんがみ、本件抗告事件記録および本件被告事件記録を調査検討すると、

一、被告人片山博ほか一三一名に対する騒擾等被告事件は、裁判長裁判官井上正弘、裁判官平谷新五および裁判官中原守の三名をもつて構成する名古屋地方裁判所刑事第一部が補充裁判官裁判官山内茂克を立ち会わせて審理中のところ、同事件の昭和三九年八月七日の第三二回準備手続において、同部(受訴裁判所)は、さきに検察官が取調請求をした佐藤八郎の検察官に対する供述調書(これと一体となつている同人の司法警察員に対する供述調書を含む)を刑訴法第三二一条第一項第二号によつて採用する旨の証拠調の決定をした。そして同年一〇月二一日の第三四回準備手続において、弁護人大矢和徳は、右の供述調書の証拠調決定に対する異議申立をし、同部は、その異議申立を理由なしとして棄却した。

一、同事件の同年一〇月二三日の第六二一回公判において、被告人片山博、同酒井博および同清水清の三名は、要するに、「佐藤八郎の検察官に対する供述調書の証拠調決定およびこれに対する異議申立の棄却決定をしたのは、裁判官が不公平な裁判をする虞がある場合にあたる」という趣旨の事由を理由として、叙上の裁判官四名全員の忌避申立をし、同部は、訴訟遅延の目的のみでしたことが明らかであるとして、刑訴法第二四条第一項前段の簡易却下手続により、その各申立を即時に却下した(この却下決定に対する抗告事件が当裁判所第四部に係属したが、これは本件抗告事件とは別個の事件である)。

一、右被告事件の同年一〇月二七日の第六二二回公判において、弁護人(弁護士)なる抗告人桜井紀、被告人なる抗告人永田末男、同伊早坂竹雄、同百々大吉および同金仁祚の五名は、前記と同趣旨の事由を理由として、右の裁判官四名全員の忌避申立をし、同部は、訴訟遅延の目的のみでしたことが明らかであるとして、簡易却下手続により、即時にその各申立を却下した。そしてこの各却下決定に対して右の抗告人五名はそれぞれ本件各抗告の申立をした。

という事実を肯認することができる。

なお、これよりさき昭和三九年四月頃右事件の被告人二十数名は、所論のように、右裁判官四名の忌避申立をし、その申立は、訴訟遅延の目的のみでしたことが明らかであるとして、簡易却下手続により即時に却下され、これに対する抗告も特別抗告も、順次、理由なしとして棄却された。このことは、当裁判所に職務上顕著な事実である。

そもそも本件のような刑訴規則第一九〇条第一項にもとづく証拠調の決定に対して異議がある場合には、刑訴法第三〇九条第一項刑訴規則第二〇五条第一項により異議申立をすることができるだけであり、しかも、その異議申立が本件のように理由なしとして棄却された場合には、将来終局判決に対する上訴申立の方法によつて争い得る余地のあることは格別、その他の方法によつて右の証拠調の決定または異議申立の却下決定を争うことが許されないことは、多言を要しない。証拠調の決定またはこれに対する異議申立の棄却決定がなされ、しかも仮にそれが被告人に不利益であるとしても、そのことが刑訴法第二一条第一項の「裁判官が不公平な裁判をする虞があるとき」にあたらないことは明白である。そして右の各記録を更に調査して考慮しても、本件においては、裁判官が不公平な裁判をする虞がある事情の認めるに足りるものは何も存在しない(なお、補充裁判官は、従来、決定その他の合議体の意思決定に参加していない。したがつて補充裁判官までも忌避することは、まことにもつて不可解というのほかはない)。

叙上の事実関係のもとにおいては、抗告人等の本件忌避申立は、訴訟遅延の目的のみをもつてしたことが明らかであるというのほかはない。故に原審がこれにつき簡易却下手続により即時却下をしたのは正当である。

しかのみならず、およそ刑訴規則第一条第二項に違反し忌避申立権を濫用してした忌避の申立は、すべて刑訴法第二四条第一項前段所定の簡易却下手続により即時却下をすることができると解するのが相当であり、同条項が訴訟遅延の目的のみでした忌避申立を挙示しているのは、忌避申立権を濫用してした忌避申立の例示にすぎないと解するのが相当である。しかるところ、本件において、所論のように訴訟遅延の目的のみをもつてしたとまでは明確には断定し難い状況であると仮定しても、叙上の事実関係と本件各記録とを総合して考察すると、抗告人等の忌避申立が少くとも刑訴規則第一条第二項に違反し忌避申立権を濫用してしたものであると確実に断定することができる。したがつて右の点から観察しても、原審が即時却下をしたのは結局において正当である。

なお、抗告人桜井紀は、本件抗告趣意として、原審が前記のように昭和三九年一〇月二三日にした忌避申立の却下決定を論難攻撃する主張をしているけれども、その決定もまた前記と同様の理由により正当である。

上記のとおりであつて、本件抗告趣意はすべて理由なきに帰し、したがつて抗告人等の本件各抗告は理由がないから、刑訴法第四二六条第一項を適用して、主文のとおり決定をする。

(裁判官 影山正雄 吉田彰 村上悦雄)

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